介護現場の人たちと介護契約

2011年12月24日 15:31

 2000年4月,高齢者社会福祉政策は,措置から契約へと転換した。しかし,介護現場の人たちや,高齢者の家族は,契約であることの意味とはかけ離れた状況におかれている。すなわち,介護は,与えられるものではなくなり,自ら契約をしてその履行を求めるものとなったが,介護現場は,従前の福祉状況にとらわれ,その福祉の痕跡を引きずってきている。


 例えば,医療契約では,患者の側から医療の側へその治療行為を求めるが,介護契約では,高齢者側から介護者に対し,いわば,その恩恵を受ける意識が根強く残っている。


 私が経験した場面では,介護認定のための訪問審査がある。高齢者が介護認定を受けるにあたり,市町村から地域包括支援センター員が高齢者宅を訪ね,審査を受けるが,当該高齢者や家族は,介護というその恩恵を受けることを潔よしとしない。そのため,日常の自分を表すことなく,外行きの面を見せてしまう。その結果,本来,当該高齢者の介護認定等級を受けることができない。


 介護現場においても,当該高齢者に付き添う介護士でさえ,市町村からの判定員に対し,当該高齢者の日常を表明することができないのである。私が,高齢者の成年後見人として介護認定審査に立会いをし,判定員の意見に対し,当該高齢者の本来の姿を口出ししたさい,はじめて,介護士もまた,自ら意見表明してよい場面なのだと気づき,状況説明をし出したことがある。なるほど,介護現場という自分のフィールドにあってさえ,お上の判定に口を挟むことを差し控えさせられている現状がそこに存した。


 介護保険が介護現場に入り込んでから,すでに,11年が経過してはいるが,介護現場にいる高齢者や家族,そして,介護士にさえ,未だ措置という福祉の幻影が色濃くのこされている。


 私は,これからの介護現場では,本来あるべき介護契約の下,その介護という履行がなされなければならないと考える。それは,介護契約にあたり,契約当事者相互が,つまり,高齢者・家族と介護者が,その契約内容を理解し,また,その契約上の限界を確認しあうことが,もっとも必要であるということである。例えば,高齢者の介護にあたり,身体拘束等を用いることなく介護するには,介護者が当該高齢者を24時間見守ることができないのであるから,同人の転倒の危険性が増すことになる。しかし,それは,高齢者の自立と自由を確保することとの表裏の関係による。介護者側に専門家としての介護義務があるとしても,それは,医療関係者の専門家義務とは異なり,積極的な治療契約ではないという,むしろ,消極的な見守り負担を果たすことを主とする介護契約という内容である。したがって,介護者は介護契約にあたり,その内容をきちんと説明し,高齢者側の理解を得ることが必要となる。


 措置の時期において,お上の恩恵であったから,「知らしむべからず」だったとしても,契約に転換した以上,当事者双方が説明とその理解を前提としなければならないし,それが,むしろ,それがもっとも重要なことである。そして,契約当初だけでなく,介護の月毎になすべき家族会議等の機会に,経過報告という説明を充実すべきであり,さらに,介護事故が生じた場合には,時宜を失することなく,その報告と説明をしなければならない。


 この視点より,『介護事故と安全管理』という題で,今までの判例等を素材に来春までにまとめたい。